でぶぅの日記

思ったことを思ったままに

ずぶぬれて犬ころ

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住宅顕信(すみたく けんしん)

岡山出身の俳人

俳句と言っても、5・7・5とはなってない自由律俳句。

25歳でこの世を去った。(1987年)

旭川河畔にに「水滴のひとつひとつが笑っている顔だ」の碑がある。

 

試写会「ずぶぬれて犬ころ」

先日、本田監督の映画「ずぶぬれて犬ころ」を見てきました。

私の中の顕信はもっとダークな印象を持っていた。

映画には、絶望と希望があった。

 

顕信の句

「お茶をついでもらう私がいっぱいになる」

「何もないポケットに手がある」

「夜が淋しくて誰かが笑いはじめた」

 

つぶやきのような句。

心の淋しさや儚さやそれに必死に耐えているような絵が浮かぶ。

心の中の「死にたくない・もっと生きたい」を

自分の目にする現象に載せて、句にする。

その句を見て、自分の人生と重ね合わせる。

 

私の「ずぶぬれて犬ころ」

以前の自分を思い出した。

 

雨に打たれ、体に乾いた部分がなくなると、

もう雨に濡れている感覚はなくなる。

顔の周りに雫が垂れて、目に入る。

気付けば、うつむき足元ばかりを見ている。

世界のあらゆるものの色が濃い。

自分を攻めているかのように色が濃い。

どう言うわけか、泣けてくる。

なんの涙かはわからない。

もう雨なのか涙なのかわからない。

どんなに涙が流れて、歩みは止めない。

一歩、一歩、歩くしかない。

顔を上げて前をむけば、先の長さに気が滅入る。

ただただ、足元だけを見て、歩みを進める。

そうしているうちに、だんだん勇気が湧いてきた。

雨に打たれていることも、悲しみに打ちひしがれていることも

忘れた。ただ私は歩くだけ。

ただそれだけ。強くなれた気がした。

 

岡山映画祭で見ることができます

日時:2018年11月11日13時〜

場所:天神山文化プラザ(岡山市北区神町8-54)